ITサービスデスクチームは、ITSMソリューションに多くの時間を費やすことが多いため、充実したナレッジベース管理機能を備えたITSMソリューションを見つけることをお勧めします。
ナレッジ管理の説明とプロセス、導入方法を紹介します。
ナレッジ管理の目的
ナレッジ管理は、ITサービスデスク内で生み出されたナレッジ(知識・気づき・理解)を収集、分析、保存、共有するプロセスです。情報の流れを効率的に制御し処理することで、提供するサービスのライフサイクルやインシデント解決のプロセス全体において、サービスデスクチームが適切な意思決定ができる環境を提供することが目的となります。ITサービスマネジメント(ITSM)のプロセスにおいて、ナレッジ管理は知識を提供する責任を担う中心的な役割を担っています。
例として、インシデントと問題の管理について考えてみましょう。インシデント管理と問題管理は、ソリューションと既知のエラーのデータベースの管理と深く結びついています。また発行されたチケットの解決策を見つけるうえでも不可欠な役割を果たします。
なぜナレッジ管理が重要なのか?
IT技術担当者がチケットを解決するたびに、新しいソリューション(解決策)が生み出されます。ナレッジ管理はこれらのソリューションを文書化し、技術担当者が必要に応じてアクセスできるようにすることです。ナレッジ管理のプロセスが欠如していると、単純な問題でも解決までに時間がかかってしまったり、ビジネスのダウンタイムがさらに長引いてしまったりなど、いくつもの悪影響を及ぼす恐れがあります。
例えば、あるWebサービス運営企業で大規模な障害が発生し、何千人ものユーザーがBad Gatewayエラーに直面し、自社と顧客の業務のダウンタイムをさらに長期化せてしまいました。何時間も分析した結果、Webアプリケーションファイアウォール(WAF)のアップグレードによってCPU使用率が上昇したため、この問題が発生したことがわかりました。
この解決策はCPUのスパイクにつながったWAFのアップグレードを元に戻すことでした。このインシデントの分析・詳細・解決方法が文書化されないかぎり、またしても同じような問題に直面した際に解決に必要以上に時間がかかってしまいます。
また、単純なインシデントの解決策を備えたナレッジベースを持ち、エンドユーザーがそこにアクセスできるようにすることで、ユーザーの間でセルフサービスと自己解決による問題解決が習慣化され、ITサービスデスクの技術担当者の時間も節約できます。
例えば自宅でテレワークをする人が急増すると、VPN設定を構成したいというユーザーからの問い合わせ数も急増する可能性があります。ITサービスデスクチームは、ユーザーがVPN設定を自分で構成する方法についての記事を公開することで、同じ内容の問い合わせが発生することを防ぐことができます。これにより、ITサービスデスクは従業員のVPN設定だけでなく、組織全体の生産的なリモート作業環境を実現できる重要なITプロジェクトに重点を置けます。
ナレッジ管理の役割と責任
ナレッジ管理の役割は、手順、指標、ポリシー、およびドキュメントの継続的なサービス改善(CSI)を促進するために生み出されます。
まずは手順や解決策を示したものを寄稿するところから始まります。ナレッジを構築するには解決策をまとめた書き物・記事が必須です。一般的に技術担当者がチケットを解決すると、その際の手順を記事化します。
記事が提出されると、適任者がその記事をレビューして承認します。承認されると、マネージャーはナレッジを集約したデータベース(ナレッジベース)の中でその記事を公開します。ナレッジベース内で高品質のソリューション記事を維持するためにレビュー、あるいは承認することが重要です。
ナレッジを管理するマネージャーは、ナレッジ管理の実践を深く理解しているプロセスオーナーである必要があります。ナレッジマネージャーは、ナレッジベース内でソリューション記事を収集、レビュー、承認およびグループ化するプロセスが効果的に実行されるよう努めます。
例えば:
あるユーザーが自宅からリモートでVPNを設定する方法について、サービスデスクに問い合わせます。VPN設定についてナレッジ記事がすでにナレッジベースで利用できるのなら、このユーザーは記事の手順を参照し解決が可能なため、チケットの発行を回避することができます。以下に、ナレッジ記事のライフサイクルに関する役割を紹介します。
●記事の寄稿者
記事を寄稿する人は技術担当者や対象分野のエキスパートを含む、サービスデスクの誰でもかまいません。この例の場合には、多くのユーザーからVPN設定に関する問い合わせが発生していました。技術担当者がそれに気づいた場合、技術担当者自身でVPN設定に関する記事を作成し、レビュー用に提出します。
●対象分野のエキスパート(SME)
対象分野のエキスパートとは、特定の分野・部門における高い専門知識を持っている人です。SMEは提供された記事を必要に応じて確認・修正します。提出された記事が技術的な正確性、言語、および関連性の点で基準を満たしている場合には承認します。
●ナレッジマネージャー
ナレッジマネージャーは、ユーザーが必要な記事を見つけやすくなるために、承認した記事をどのカテゴリで公開するのが適切かを決定します。VPN接続に関するこの記事の場合には、「リモートワークインシデント」のカテゴリが選択されます。記事が公開されると定期的に追跡され、レポートを通じてパフォーマンスを監視しすることで、コンテンツの関連性も維持され、記事の品質も向上します。
ナレッジ管理のためのDIKWモデル
データ(Data)、情報(Information)、ナレッジ(Knowledge)、そして知恵(Wisdom)のDIKWモデルでは、ITサービスデスクが日頃の業務に基づいたナレッジを生成できる方法を説いています。また、データを情報・ナレッジ・知恵に変換する方法と、それらの関係についても示しています。このモデルを「DIKWピラミッド」または「DIKW階層」と呼びます。
DIKWの説明
- Data(データ):事象についての個々の事実(データ)の集まり。この段階で実行される主なタスクは次のとおりです。
・データ取得のための信頼できるソースの特定
・適切なデータのアーカイブと削除 - Information(情報):データに基づいて加工された情報。この段階で実行される主なタスクは次のとおりです。
・データの整合性を保ちながら、データを情報に変換
・エンドユーザーが検索・利用しやすいように、情報を適切に管理 - Knowledge(知識):個々で持っている知識、経験、考え、見識や価値。知識は経験から導き出されます。ナレッジマネージャー・対象分野のエキスパート・技術者・エンドユーザーなど、ITサービスデスクチームに関わるメンバーの専門知識、価値観、判断が含まれます。この段階で生み出された知識は、スマートな意思決定を促進させます。
- Wisdom(知恵):常識的な判断を行い、知識を応用して処理する能力。知恵はデータ・情報・ナレッジの集大成であり、ナレッジ管理に付加価値をもたらします。この価値はダイナミックで活動的な計画、問題解決、戦略的計画、および識別力によって生み出されます。
データを複数あつめるとデータベースとして扱うことができるようになります。集まったデータに対して意味を持たせることで情報になります。情報に対して経験や学習、これまでの知識を組み合わせることで、新しい知識になります。常識的な判断の上で処理された知識は知恵となります。
ナレッジ管理の概要とツールの活用法を知りたいという方は、下記のホワイトペーパーもお勧めです。
ナレッジ管理の主要なプロセス
ナレッジ管理プロセスの鍵は、ナレッジ管理戦略、ナレッジトランスファー、そして情報マネジメントです。
ナレッジ管理戦略
ナレッジ管理の目標達成に向けて、ナレッジマネージャーは必要なナレッジの種類を特定するための戦略を策定しなければなりません。戦略の最初のステップは、ITサービスデスクチームに存在するナレッジのギャップを特定することです。このナレッジのギャップは、ITサービスデスクが必要とする知識と既存の知識の差として定義されます。
ITサービスデスクから関連データを内部的に取得するいくつかの方法があります。
- 再発インシデントのパターンと傾向を認識する。
- インシデントが最も多いカテゴリ/サブカテゴリを特定する。
- エンドユーザーまたは顧客からの調査。
外部ソースからのナレッジはデータベース、Webサイト、顧客、サプライヤー、競合他社、およびパートナーから取得できます。
ナレッジ管理戦略には、以下を実現する最善策を見つけることも含まれます。
- 着実で信頼できるデータを収集、保存、共有して意思決定の質を向上させる。
- ナレッジの再発見の必要性を減らすことで、サービスプロバイダーとしての活動の品質と効率を向上させ、コストも削減し、満足度を向上させる。
- 顧客に提供する各種ITサービスの価値を明確に理解する。
- SMKS(サービスナレッジマネジメントシステム)のメンテナンス。
ナレッジトランスファー
収集、分析、保存されたナレッジは、インシデント、問題、プロジェクト管理などサービスデスクが様々なプロセスを使用する場合に、他のチームと共有する必要があります。ナレッジの収集と伝達を可能にするため、共有するナレッジのタイプに最適な通信チャネルを作成する必要があります。
経験豊富なIT技術担当者が退職すると、長年にわたって蓄積してきたITサービスデスクの重要なナレッジもすべて失われてしまいます。それを防ぐためにもナレッジの移行計画を作成する必要があります。手書きのメモや口頭での共有で保存できるものはそれほど多くないため、人の経験、観察、洞察を伝えていくことは難しいのです。このような場合、ナレッジの移行は次の方法で行います。
- 先輩社員が新人を指導するメンタリングプログラム。
- ナレッジを習得した個人が同じようにナレッジを持つ人に、影のように密着する観察ベースの手法であるワークシャドウイング。
- 2人の従業員によるペアワーク。1名の新入社員が、退職する経験豊富な1名の従業員から学ぶ。
暗黙知の伝達と学習曲線の有効性は、調査とテストを実施することで測定できます。サービスデスク内で行われる知識の伝達の有効性は、ナレッジを要求するインシデント、社内で修正されたインシデントの平均診断と修復時間、ナレッジ記事を参照して解決されたインシデントなどの指標で測定できます。
情報マネジメント
取得したナレッジがサービスデスク全体で利用できない場合、貴重なナレッジは分析されず、個人からサービスデスク全体への伝達に失敗します。ただしすべてのナレッジを公開する必要はありません。ナレッジへの役割に基づいたアクセス権を与えることは、機密情報へのアクセスを制限する1つの方法です。
また、ナレッジセンターサービス(KCS)などの方法論により、サービスデスクは、ソリューションを資産と見なし高度なワークフローを活用することができます。KCSはワークフロー内でのナレッジの取得・構造化・保存に重点を置いています。また対象ユーザーがナレッジを簡単に利用できるようにすることにも焦点を当てています。
つまり次のようなことが言えます。技術担当者がソリューションを提供すると、そのソリューションは適切なカテゴリのナレッジベースに追加されます。そしてユーザーが記事を探すときに、キーワードで検索することが可能になります。KCSはサービスデスクでのカスタマーサポートとナレッジ管理を、効率的なワークフローと組み合わせて強化します。
ナレッジ管理の実装方法
ナレッジ管理の目標設定
ナレッジマネジメントシステムを生み出す最初のステップは、ITサービスデスクにはどのような情報が付加価値をもたらし、最大利益をもたらすのかを評価し発見することです。この情報は次の方法で収集できます。
- ナレッジギャップ分析を行い、技術担当者が現在持っている知識と、知っておくべきことを理解することで、同じ仕事を効率的に行うことができます。
- よくある質問、キーワード検索、カスタマーサービス体験、調査レポートの結果を確認します。
このようなナレッジの収集は提供するサービスの改善にも役立ち、この改善は短期的目標・長期的目標の両方で達成できます。これらの目標により、サービスデスクで価値を創造する決断やプロセスが、最終目標に向けて正しい方向に進むことが保証されます。
ナレッジ共有文化の創造
情報をため込むのではなく、ナレッジを共有する文化をつくることが重要です。ゲーム感覚でナレッジ共有を促進するなど、技術担当者も依頼者側もナレッジ共有の文化を受け入れやすいようにすることが大切です。
適切なテクノロジー/ソリューションの使用
実装を成功させるには、ナレッジ管理の成功事例(ナレッジの分類、保持、測定)とともにナレッジ管理活動を効率的に確立する必要があります。ナレッジ管理ソリューションは、サービスデスクのすべてのナレッジ管理を強化および自動化します。
ヘルプデスクソフトウェアに組み込まれているナレッジベースによって、技術担当者は複数のウィンドウを見て回らなくても、チケットから各ソリューションにアクセスしたり保存したりできます。また、ITセルフサービスポータルによりエンドユーザーが簡単にアクセスできるようになります。市場には多くのソリューションがありますが、自組織の目的に合ったソリューションを選択することが重要です。
ナレッジの維持
上記の3つのステップが完了したら、ITサービスデスク内のナレッジ管理の現状を評価し、改善すべき領域を知る必要があります。
質の高いナレッジ管理を維持するいくつかの方法を次に示します。
- 既存の情報源を特定して追跡する
- 必要なバックアップを行い、体系的にナレッジを監査・保存する
- 記事を更新し、定期的にソリューションの関連性を確認する
- ナレッジベースでの活動を監督するためユーザーに適切な役割を割り当てる
- ナレッジベースの知識を測定し、その有効性を評価する
ナレッジ管理とその成功事例を構築することで、ナレッジ記事は問題解決の副産物として自動的に作成されます。 さらにこの中身は需要と使用状況に基づいて改善されていきます。また、ナレッジベースは、サービスデスクチームの経験を集約したリポジトリとなっています。その結果、応答時間が改善され、エンドユーザーと技術担当者が利用できる情報の品質が向上します。
ナレッジ管理ソリューションの選び方
以下は、ITサービスデスクチームのナレッジ管理の取り組みを補完できる主要な機能の一部です。
セルフサービスポータルとの統合
セルフサービスポータルは、エンドユーザーがITサービスを要求し、問題を報告するためのハブです。そのためナレッジ管理ソリューションがセルフサービスポータル内で利用できることが重要です。ほとんどのITサービスデスクソリューションにナレッジ管理機能が組み込まれており、エンドユーザーが簡単な問題の解決策を見つけやすくするソリューションの自動提案などの機能があります。これはITサービスデスクに記録されるチケットの数を減らし、技術担当者の生産を向上させるのにも役立ちます。
スマートナレッジの創造
サービスデスク内に強固なナレッジベースを構築するには、使用するITSMソリューションで、技術担当者がナレッジ記事を簡単に作成できるようにする必要があります。つまり選択したナレッジ管理ソリューションでは、技術担当者が1つのウィンドウから別のウィンドウへ転々とすることなく、チケットからナレッジベースに自動的に解決策を求めることができるようにする必要があります。
ワークフロー
サービスデスクにワークフロー機能があると、ナレッジ記事の更新、削除、レビュー、承認、却下、公開をシームレスに実行できます。ITSMソリューションには、技術担当者がライフサイクルのどの段階でもナレッジを構成および管理ができるようにする機能が必要です。設定可能なトピックのもとでナレッジ記事を管理でき、エンドユーザーと技術担当者は、ナレッジベースに記事を追加できるだけでなく、関連する記事を簡単に参照してアクセスできる必要があります。
新しい役割の作成とアクセス許可の制限
効率的なナレッジ管理ソリューションでは、ナレッジマネージャーまたは管理者が、ソリューションまたはソリューションのカテゴリに対して、技術担当者にアクセス/特権の割り当てや制限をする必要があります。このアクセス権限は、表示専用からフルコントロールまで様々です。ITSMソリューションを使用すると技術担当者の役割に基づいたアクセス権限を設定できます。また様々なナレッジ記事へのアクセス/編集権限を設定またはカスタマイズするための、新しい役割を作成する機能もあることが好ましいです。
合理化された承認メカニズム
新しく追加されたソリューションがセルフサービスポータルで表示させるためには技術担当者によって承認されることが不可欠です。これは、ナレッジ管理ソリューションを備えたITSMソリューションに見られる機能で、追加された記事の品質を維持するのに役立ちます。記事のパフォーマンスにおける詳細な洞察を提供する指標のレポートも提供します。
フィードバックのメカニズム
クローズドループのフィードバックプロセスは、ナレッジベースの品質向上に重要です。これは様々な指標から抽出されたレポートや、記事を「役に立たなかった」または「役に立った」に分類する単純な機能を備えたITサービスデスクで実現できます。この情報は、記事のパフォーマンスについてより多くの洞察を提供します。これらの洞察は、ナレッジ記事が役に立たない、複雑すぎる、技術的か否か、古い、誤った回答として提供されているなど、他にも問題があるかどうかをナレッジマネージャーが判断するのに役立ちます。